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2008年12月27日
2次審査結果発表をアップしました.
2008年10月28日
大阪セミナー参加者募集のお知らせをアップしました.
2008年10月22日
作品展示会のお知らせをアップしました.
2008年9月30日
1次審査結果発表をアップしました.
公開2次審査観覧希望者を募集します.
2008年9月2日
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2008年4月19日
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佳作

村上慧/島田浩輔/吉野太基
(以上3名,武蔵野美術大学)

審査委員コメント

標準化された個人はとことん突き詰めるとこうなる,という最小限のスペックによる住宅である.でも個人はこのように標準化されないと思う.それぞれのスペックは変わっていてよいし,もっとさまざまな個人がこれを使うことでその関係性を説明することもできたと思う.いろいろな可能性があると思うが,ひとつの住宅に対してひとりという前提があり,閉じているときに家相互の関係がなくなってしまうのが残念..

(山本理顕)

生活が究極的にものに依存している現実をとらえ,それをモバイル化したのは面白いが,親子の関係もお隣さんとの関係も,全部一緒だといっているようにも見えてしまう.全部フラットな関係にするのはよしとしても,そこから先に生まれる何か新しい関係が見えるとよかった.

(千葉学)

渡邊晴香/日野晃太朗
(以上2名,広島大学大学院)

審査委員コメント

路地までつくるというのは面白い提案だが,なぜ壁をつくってしまったのか.隣の家と一緒になっていくチャンスだったのに.そこを考えていくと開く家というのが都市の中でどのように機能するのか,路地と扉が開く家と同じように関係づけられていくという説明のほうが,お風呂屋さんが近くなったように思う. .

(山本理顕)

扉を開くと,自分の家がほとんど他人のためにあるという状態は,どこかプライバシーを犠牲にして成り立っている感じがする.公共性やコミュニティという言葉からイメージされるゆるやかなつながりは,プライバシーや個人を犠牲にして成り立つものではないと思うので,両方成立する方法を探すべきではないかと思う.

(千葉学)

藤原亮 (京都工芸繊維大学大学院)

審査委員コメント

面白いデザインだが,土間のところがどういう空間なのか分かりにくい.パブリックなのか限定的に使うのか,そこをはっきりさせたほうがよかったのでは.パブリックなら多くの人が入ってきて,それでも成り立つ提案としたらよかったと思う..

(山本理顕)

空間は実に魅力的である.しかし中に浮いた箱にほかの家の人がきたり,人の出入りがいつでも自由にできる状況がそもそも成り立つのか疑問が残る.

(千葉学)

鈴木宏 (工学院大学大学院)

審査委員コメント

なぜこんなに小さいところに全部閉じ込めてしまうのか,閉じ込めることによって獲得できるはずのパブリックの場所の意味が希薄な気がする.ここでは家という非常にプライベートなものが非常に小さな空間に閉じ込められて,外側のパブリックな空間が意味不明になってしまった.

(山本理顕)

壁と壁の間の大きな空間の使われ方のイメージがどこかリゾートのようで,誰に帰属している場所なのかが分からないものが多く,提案の主旨がぼやけてしまったのではないか.

(千葉学)

郡司絵美/小林怜二 (以上2名,芝浦工業大学大学院)

審査委員コメント

家族の新しい関係をどうやったらつくり替えられるかということを,考えたのだと思う.本当にこの四世帯が一単位になってよいのか,四世帯を一単位にすることがこういう今の状況を解決する解法なのか.母たち四人に猛烈な負担がかかってしまうが,それに対してどう考えたらよいのか.外側の支援施設からのサポートなどが世の中にはある.コンペの課題にあった「都市の資源を利用する」というところを活用することも考えられたと思う.

(山本理顕)

面白いと思う一方で,どこか中世的な共同体というか,極端に家族をサービスする者とされる者とに分けて考えているようにも受け取れる.家族を成り立たせるのはそれだけではないと思うし,こんなに割り切って思考することによって,何が得られるのか疑問に思う.

(千葉学)

仁井田百合(横浜国立大学大学院)
清水豪輝(フリー)

審査委員コメント

屋根が自己犠牲的に見えるのは,隣の家にとってはすごくありがたいけれど,自分たちにとって何がよいのか,都市の中にこういうものをつくっていく提案は評価したいが,パブリック性は一体誰のためにあるのかをもう少し説明してほしかった.

(山本理顕)

屋根が地域にとっての公共空間というのは面白いが,これがひとつのモデルだとして,どんどん増えていくことを想定すると,家に挟まれた,隙間状の魅力が失せていってしまう.やはり点在するくらいがちょうどよいわけだが,そのときに,屋根の家に住んでいる人にとってのメリットは何になるのか.どこか自己犠牲的な設定に見える.

(千葉学)