主催:福岡地所株式会社 株式会社福岡リアルティ
  後援:株式会社新建築社   
  

最新情報

 

2021年3月31日
「2次審査結果発表」・「審査講評」ページをアップしました。
2020年12月10日
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2020年7月1日
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2020年11月5日
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2020年7月1日
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座談会

自分から「暮らしたい」「働きたい」と思える街とは
──福岡国際建築コンペティション開催に際して

重松象平×馬場正尊×林千晶×松島倫明×榎本一郎

 

「福岡国際建築コンペティション」が開催されるにあたり、審査委員のみなさんにお集まりいただき、福岡やシーサイドももちをどのように読み取るのか、どのような未来を考えればよいのかについて語っていただきました。多くのヒントが隠れていますので、ぜひ応募の参考にしていただけたらと思います。

 

左より、重松象平氏、馬場正尊氏、林千晶氏、松島倫明氏、榎本一郎氏。

 

30年前に描かれた未来の更新

──福岡、またシーサイドももちの可能性はどこにあると思われますか。

重松象平(以下、重松)  僕が生まれ育った福岡は、日本という島国ではいちばんボーダーを感じられる都市だと思います。案内表記は日本語に加え3カ国語(英語・中国語・韓国語)で、食文化にも隣接するアジアの影響があります。そして今は新型コロナウイルスの影響を受けていますが、それまでは絶えずインバウンド需要がありました。このボーダーシティがもたらす多様性こそが、独自の文化を育ててきた要因ではないでしょうか。10年ほど前までは東京や大阪といった日本の大都市をモデルとした発展を意識していた節がありましたが、今は自らのポテンシャルを理解し、より独自のアイデンティティを追求しようとしています。
今回のコンペの敷地となるシーサイドももち(以下、ももち)はアジア太平洋博覧会よかとピア(1989年)開催後に開発された土地ですが、実際に訪れると「未来を担ってできた都市」の宿命を感じさせます。オーセンティシティ(真正性)が欠けているため、文化を醸成する誇りや未来への期待を感じさせる街としての意志が欠けているように思えるのです。一方で、埋立地ができてから約30年、1世代が生まれて育っていったわけです。同時期に日本各地にできた他の埋立地ベースの新都市も含めて、今、このような街の次のアイデンティティを考える大事な局面にきていると言えます。実験的につくられた街でもあり、継続的に実験場になり得ると思うのです。
馬場正尊(以下、馬場)  福岡が面白いのは、ローカルな側面とグローバルな側面の両面を持っているところです。ローカルにおいては、祇園山笠やどんたくなど地域のアイデンティティを表出させる大きな祭りがあり、それを福岡の民間が支え続けてきました。これまで福岡地所が手がけてきたシーサイドももちやネクサスワールド(『新建築』9105)のような地域の個性を打ち出す都市・建築プロジェクトが民間から生まれていることも、福岡の特徴です。また福岡は多言語化の対応が早かったように、グローバルに対するモチベーションが高いエリアです。九州をひとつの文化圏として見ると、デンマークと人口規模が近いので、その規模で世界を意識した時のももちの立ち位置を考えると面白い可能性が見えてくるかもしれません。
林千晶(以下、林)  私も福岡はアジアの中で立ち位置を考えている、意識が高い街だと感じます。福岡に拠点を構えるUI/UX(ユーザーインターフェイス/ユーザーエクスペリエンス)のスタートアップが多くいることも特徴です。クリエイティブな人が豊富に街にいることは、商品/サービスをリリースするにも、生活者視点で体験をデザインすることが増え、世界と戦う上での強みになります。
一方で、先日ももちに訪れた際、研究学園都市として開発されたつくばと似た印象を受けました。30年前に夢見たものがそのまま残っており、それが少しずつ今とずれているという印象です。ただ30年間変わっていない分、違和感のあるところに気付きやすくなっているという逆発想のメリットもあります。もしかしたら、その2、3個を変えたら、未来に向かって動き出す可能性を秘めているようにも思います。何を変え、何を変えないのかを見つけることが、ももちの可能性を見出すポイントだと思います。
松島倫明(以下、松島)  今回のコンペは、「30年前の未来」の清算という大きなプロジェクトだと思います。僕は、千葉市の幕張新都心にスペキュラティブアートを加えるプロジェクトに少し関わったことがあるのですが、現在の幕張新都心は歩いている人も少なく、大型施設ばかりが目立ってけして生き生きとした街とは言えません。それはジェイン・ジェイコブスが提唱したようなまちづくりの要素、たとえば長い直線道路をつくらない、複合的な機能を持たせる、新旧建物の混在といったことの逆が、ことごとく行われたからでもあって、それが当時は「未来都市」だとされたわけです。幕張新都心と同じく約30年前につくられたももちは、似たような課題を抱えているようで、アート以外にも、これから街に何を掛け算していくか考えると面白いと思います。
テックの文脈では、これから中国がより勢いを付けてきた時に、アメリカのGAFAやシリコンバレーだけでなく、中国のバイドゥやアリババのようなアジア企業が新たなシステムを生み出すでしょう。そのダイナミックな動きを敏感に感じ取り入れていくポテンシャルが、アジアと距離の近い福岡にはあると思います。
榎本一郎(以下、榎本)  僕は、小学校6年までももちで育ち、今は薬院で暮らしています。薬院は小道が多く、町歩きをしていると、ももちより楽しい町だと感じます。つまりももちでは、薬院のような自然発生的な町の更新が行われていないのだと街を経験しながら思うのです。一方で、ももちは海があって日がさんさんと明るく、住まいとしては今でも人気で分譲マンションは高値がつくエリアです。また学校区が人気で子育てをするならももちがいいという評判もあり、そのあたりに街の可能性が大きくあると思います。

リアルな場所の価値をどうつくるのか

──今の時代、都市を考えつくっていく上で、どのような視点が重要になるのでしょうか。

重松  今回のコンペでは単なる建築的な提案だけでなく、ももちのアイデンティティを形成するような企画力が必要です。その時に、世界の事例を理解しておくことは非常に重要です。たとえば「シリコンビーチ」と呼ばれるロサンゼルスのヴェニスビーチやサンタモニカは、ビーチ沿いの安定した温暖な気候ならではの「楽しむ」、「暮らす」、「働く」が同居する街です。またこれまでリゾート地として発展してきたマイアミでは、ラテンアメリカからの移民を中心にアートとホスピタリティビジネスの融合を基軸にした街づくりを進めています。さまざまな都市で新しいアイデンティを形成する試みが実践されています。また、ブルックリンのダンボ地区やボストンのイノベーションハブと呼ばれるフォートポイントエリアでは水辺のビルディングストックを活用し、クリエイティブやスタートアップに特化した新しい雰囲気を獲得しつつも、オーセンティックと感じる街ができています。ももちにおいても既存の環境やアセットを読み解き、特殊性を引き出すことに鍵があるように思います。
街のアイデンティティを考える時に、新しいコミュ二ティの形成方法を考えてみるのも楽しいかもしれません。たとえばロンドンのキングスクロス駅やニューヨークのハイライン周辺では地域限定のカードを発行し、文化施設や飲食店、ローカルマーケットなどの利用を促しています。ブルックリンのコニーアイランドでは小さな遊園地や野球場がビーチ沿いにあり、至極ローカルでリラックスした小さなコミュニティ・イベント等が、若い人たちを集める要因となっています。ソフトづくりを街や建築と共に考えて、いかに独自性のあるストーリーをつくっていけるかが重要です。
馬場  新型コロナウイルスで先が見えない中、今ほどてらいなく未来を表現できるタイミングはないですよね。東京やニューヨークなど大都市の危機が叫ばれ、物理的な中心性の意味が問われています。またリモートを進めているうちに、離れていても案外大丈夫だと、気付いてしまい、今、僕たちは場所のあり方を疑い始めています。一方で、これは身体的に近くにあってほしいという気持ちも生まれて、人びとは生きるためにエッセンシャルなものが何か、改めて考え始めていると思います。そういう身体性をドリブンしてくれるのが建築、都市の強さとも言えるのではないでしょうか。
また新型コロナウイルスによって、進化というのは緩やかではなく突然やってくるものなのだと知りました。たとえば働き方改革が叫ばれながらもリモートワークが進まなかった状態から、一気に進んだようにです。この進化のタイミングと、ももちの更新のタイミングがシンクロしているわけです。30年前の近現代の夢の上に何を新たにインストールするのか、その回答にはバリエーションも出てくるでしょう。これまでの都市を取り戻したいと思うのか、都市を捨て自然に帰りたいと思うのか。また都市のロックダウンという圧力がかかる今、都市は閉じるべきなのか、開くべきなのか。パンデミックをきっかけにした二律背反な状況で、都市がどちらを向くべきか、その思考が問われているのだと思います。
  今後もウイルスは進化し、人間はこれからも危機にさらされることになるでしょう。その対策として参考になるのが「システムバイオロジー」の考えです。生命現象をシステムとして理解することを目的とする学問です。都市のあり方を考える上で、生物がウイルスと対峙した時に起こす生理現象を参考にすることは大いに役立つと思います。大都市がこれほど一気にウイルスに侵される時に、ウイルスを滅菌するのではなく、どうウイルスと共存できるのか、つまり都市におけるシステムバイオロジーを考えていくことが重要になると思います。
またこれからの都市を考える時、都市の未来をどうしたいか=「want」の視点が重視される時代になったと思います。ももちがつくられた30年前は未来はどうあるべきか=「should」が問われたのだと思いますが、今は「want」が各都市を多様なかたちで輝かすきっかけを生んでいます。私自身、「want」で考えると、ももちでやってみたいことが生まれてきています。みなさんにも主体的に都市での「want」は何か考えてみてほしいです。
松島  昨年、『WIRED』で「ミラーワールド」という特集をしました。1990年代後半から世界中の情報がすべてデジタル化されてインターネットによって繋がり、次の10年で世界中の人びとの関係性がデジタル化されてSNSが生まれたように、きたるべき第3のデジタルプラットフォームといわれるミラーワールドでは、世界中の物理的なモノもすべてデジタル化されてシェアされる、いわば世界の「デジタルツイン」がつくられていきます。10年先を見越した特集でしたが、今、都市のロックダウンによって一気に人びとがオンラインへと越境し、世界中のクリエイターが、ミラーワールドならではの可能性を模索しています。これからの場所や建築を考える時に、このミラーワールド抜きには語れないと思うのです。たとえばリモートワークによる職住一致が起きている今、オフィスビルにはこれまでのような会議やデスクワークという機能ではなく、コミュニケーションを促す機能が求められるでしょう。でもそれならばそもそもカフェやパブでもいいかもしれない。以前取材したニューヨークのAR企業のCEOが、「place=場所」はこれから「commodity=ありふれた日用品」になると言っていました。会議室は今や完全なコモディティですし、たとえば金閣寺の3Dデジタル空間の中でパーティをするというように、ある固有の場所が誰でも使える無限のスペースに変わるわけです。その時に、リアルの受け皿としての建築や都市はどうなるのか、ミラーワールドを絡ませると面白い考え方が出てくると思います。
榎本  松島さんの言われるように、今デベロッパーはデジタル化が進む社会において、リアルな場所の価値を示さないといけないという危機感があります。それを考えるきっかけは、若い方々のどういう場所で暮らしたい、働きたい、どういう生き方をしたいという素直な提案にあると思っています。それをたくさん見てヒントにし、いち早く次の手を打ち、都市の未来を描いていきたいのです。

総合的に都市の未来を考える

──コンペのテーマである職住近接のあり方や、「働く」「暮らす」の新しい価値を考えるためのヒントをいただけますか。

  2017年に香港にロフトワークを立ち上げたのですが、アジアを代表するクリエイティブカンパニーを目指していると友達に話をしたら、「これからの時代、アジアでいちばんというのは世界でいちばんになることだよ」と言われてハッとしました。でも先日福岡を案内いただいた時に、コワーキングプレイスに普通に中国や韓国のベンチャー企業も入居している。アジアの中心はここにある、そう言われている気がしました。これからアジアが発展してくる時に、福岡は日本の中でいちばんアジアと簡単にアクセスできる都市だという強みを忘れてほしくありません。世界を視野にすると、働き方は変わり、そこから暮らし方も変わってくると思います。
馬場  僕は「働く」という定義から考える必要があると思います。働くことを19世紀はlabor、20世紀はworkと呼んできましたが、これからの100年はplayになるのではないかと聞いたことがあります。AIが出てきた今、僕らがやってきたworkはAIができてしまうかもしれない。その時に僕たちができることはplay=楽しむことなのではないかということです。最近、僕たちはエリアリノベーションで街に新しい仕事や産業をつくる時、無意識にまちのplayerを探そうとしていることにも気付きました。このように働くことの再定義がなされるならば、近代がつくった「オフィス」や「住宅」といったビルデイングタイプが完全に崩壊し得る状態にあると言えるでしょう。そうなった時に、現在の都市計画においては、用途地域に合わせて商業、オフィスを計画しなくてはなりませんが、今後はそうした制度の再定義も求められてくるでしょう。
松島  これからの「暮らす」を考えた時に、地球環境とどう共存するのかということも重要なポイントです。今の都市文明や先進諸国の暮らしのレベルを保ったまま、都市の密度を避けるために人びとの生活が地域に分散してしまうと、地球への環境負荷をただ高めるだけになるかもしれません。生活の分散化と同時に、エネルギーやロジスティックスも分散化しないと、飛行機や車による移動でかえって地球環境への負荷になる。人の移動が環境にどれだけ大きな影響を与えるかは、新型コロナウイルスによって人の動きが制限された今、大気汚染が過去70年間で最も解消されているという現実が物語っています。地球環境への視点とミラーワールドの可能性は両軸だと感じています。
榎本  英国雑誌『Monocle』の2016年の最も住みやすい都市ランキングで、福岡は世界7位でした。それ以来、順位を落としていますが、今回のももちのプロジェクトによって、3位以内に入れるような世界に選ばれる都市にしたいと思います。これまでと異なりどこでも働けるようになるという今の動きは、働く場所に縛られずにどこに住んでもいいということを意味します。ではどうあれば住む場所として選ばれるのか、これまでみなさんにお話いただいたことが考えるヒントになると思います。

──最後に審査員長である重松さんから、コンペに何を期待されるか、お伺いできますか。

重松  「福岡の未来を一緒に築けるパートナーを探している」という福岡地所のコメントが重要です。今回の多面的な審査委員を見ても分かるように、そこには、今、都市の未来はひとつの業種だけで考えることは不可能に近く、みんなで面白いアイデアを出し合って多角的に考えていかなくてはいけないという危機感があるのです。このコンペを、ある意味タイミングよくコロナ後の社会へのビジョンを含めて、新しい「暮らす」と「働く」をみんなで考えるプラットフォームにしたいと思っています。建築の範疇に収まらず、制度設計、ビジネス計画、ブランディングなども含めた、総合的かつ大胆な作品を期待しています。

[2020年4月23日、オンライン座談会。 文責:『新建築』編集部]