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優秀賞
笠井勇
笠井工務店 26歳

タイトル 
NET CAFE STYLE
─21世紀における都市生活像をもとめて─

序章

情報技術(IT)の進化によって、都市のかたちやその都市を構成する建築がいかなる影響を受けるかについて、建築界で議論が沸き起こっている。産業革命によってもたらされた新しい工業技術が建築概念を変容させた経験から、この新しい文明機器は、建築家の創造精神に刺激を与えている。しかし、これらの検討は未だ不十分である。
また、われわれ日本の核家族という最小単位の共同体も変容の期に至り、生活観も著しく変化している。シングル世帯の増加は、生活機能のアウトソーシング化に一層拍車をかけるであろう。このような無情ともいえるほどのめまぐるしい変化は、あらゆるものを相対化する資本制社会のもとでは、都市のかたちやその都市を構成する建築に多大な影響を与えることが予想される。これらの変化における検討は近年、建築学、社会学など多分野間で行われつつある。しかし、もっと議論が活発になされるべきであろう。
このように無防備といえる状況の中、ネットカフェを通した都市生活の変容現象がきわめて象徴的に未来を示唆している、というのが本論の基盤となる仮説である。
そして本論は、その現象の収集によって得られた知見をもとに、21世紀におけるライフスタイル論を展開し、少子・高齢化や若年層の貧困等の社会現象に対して、「建築としてのネットカフェ」の有効性について論じる。

第1章 未来の都市住民とは

非婚・晩婚化、高齢化に伴って核家族は減少し、それに代わって今後、高齢者や若年者などのシングル世帯が最も多くなるとされている。また、厳密なシングル生活ではないが、個人のプライベートを尊重した高齢者の共同居住、ルームシェア、異性や夫婦関係に捉われることなく生活するカップルなどの増加は近年目立った現象である。これらの人々は従来の核家族のような所謂「家庭的」とは違ったシングル的な生活観を有している。
シングル層やシングル的な生活を送る人々の増加とあいまって、インスタント食品や一人用に小分けされたシングル向けの食品・製品の出現、コンビニや牛丼チェーン店、保育施設、クリーニング代行業者などのサービスが都市に立地し、住宅の生活機能や空間装置のアウトソーシングが進んでいる。
また、90年代に普及しだした携帯電話やインターネットは、現在の主要なコミュニケーションツールとして機能し、場所に固定されない生活スタイルを可能にした。
以上の変化を考察すると、(1)家族から自由で外部に生活機能を求めるシングル世帯が増加し、(2)主要なコミュニケーション手段が携帯電話・メールになり場所からも自由になる可能性が広がった場合、(3)それらの人々が求める生活スタイルは、さらにアウトソーシングが進み、定住性が弱く都市の中を流れて生活する「都市流民」と言える。

第2章 都市流民的生活を送るネットカフェ難民

ここで「都市流民」的生活を実践している人々として「ネットカフェ難民」を挙げたい。ネットカフェ難民とは、24時間営業のマンガ喫茶・インターネットカフェ(以下ネットカフェとする)に宿泊し、「日雇い派遣労働」で生活を維持している人々を指す。2007年前後からマスメディア等でクローズアップされはじめ、2007年3月には参議院厚生労働委員会で取り上げられた。また平成19年8月28日「日雇い派遣労働者の実態に関する調査及び住居喪失不安定就労者の実態に関する概要」として、厚生労働省はネットカフェ難民の実態を明らかにした。
ネットカフェ難民は日雇い労働者であるが東京・山谷や大阪・釜ヶ埼などの従来からの寄せ場の日雇い労働者とは異なる。両者を比較すれば、寄せ場のドヤがネットカフェとなり、就労方法・場所は寄せ場内の青空労働市場に対してネットカフェ難民は携帯電話やインターネット等の情報端末を利用し都市のいたるところで就労契約を行う。宿泊する場所、就労場所の違いを日雇い労働者の歴史的変遷として考察するならば、日雇い労働者の行動範囲は拡散化傾向にあるといえよう。こうした背景には、日雇い労働市場の規制緩和の影響ももちろん挙げられるが、ネットカフェやコインロッカー・コインランドリー、コンビニやファーストフード・牛丼チェーン店などネットカフェ難民が利用する都市インフラの充実、携帯電話・インターネットなどの情報機器が下層社会まで普及するに到ったことも重視すべきであろう。
上述してきた内容を大まかに抽象化すると、ネットカフェ難民の生活スタイルは、(1)家族から自由なシングル世帯で、(2)携帯電話などを利用した場所に固定されないビジネススタイルであり、(3)都市に立地する社会サービスを利用した完全なる生活機能、空間装置のアウトソーシングである。ネットカフェ難民と第1章において考察した都市のシングル世帯の住生活は、非常に共通性が強いことがわかり、またネットカフェ難民が未来の都市生活を暗示するものであるとも言える。

第3章 近代ビルディングタイプを超えたネットカフェ

ネットカフェ難民が生活の拠点とする日本生まれのネットカフェは近年都市に見受けられるようになった新しい施設である。有力チェーン店で組織される日本複合カフェ協会によるとネットカフェ市場は右肩上がりだという。70年代に見受けられた漫画喫茶、90年代に日本に普及したインターネットカフェが複合する形で現在のネットカフェが興隆した。ネットカフェの複合機能は、インターネット、漫画はもちろんであるが、シャワー、食事の提供、フリードリンク、テレビ、ビリヤード、日焼け・ネイルルーム等続々と多様さを増し、そこでの行為も多様に展開される。例えば、就職活動中の学生等のメールチェック程度から、自分の個室のように漫画やネットゲームをする若者、仕事帰りに立寄って精神安定を図るための部屋として利用する夫、終電に乗り遅れ宿泊する多忙な日々を送るサラリーマン、安い旅行を楽しむ学生などの低料金短期宿泊型の居住施設として利用されている。また、ネットカフェ難民の住宅としても機能している。30分180円程度から始まり1時間単位で課金され、一泊1,500円程度に価格設定されているネットカフェは言わば、単位時間貸しの賃貸集合住宅と言える。
1974年のセブンイレブン第1号店を皮切りに、80年代に入って日本社会にすさまじい勢いで広まっていったコンビニは社会学、建築学などの分野で注目を浴びた。建築界では、誰でも気軽に入れるような公共的機能をもち、情報端末にもつながり、多機能性を有していることが、シングル機能の近代ビルディングタイプを超えた存在として言及されてきた。
ネットカフェも同様に、多機能性を有し、情報端末との接触も可能で、何よりもそこでの行為が多様でかつ新しい。ネットカフェでは、従来のホテルや簡易宿泊施設とは異なり「個室」のアウトソーシングが行われている(この場合の個室とは自宅の個室である。そこで行われる行為は、本を読む、一人になる、ゲームをする、お菓子を食べる、精神安定を図る、仮眠・休憩する、もちろん睡眠も)。従来の住宅で行われていた行為がどんどんアウトソーシングされていくなか、個室もアウトソーシングされるという究極の生活・空間機能のアウトソーシングが起こってきている。
このように近年見受けられる社会的現象や世帯構成の変化は、核家族を規範とし住宅内で生活を意図したnLDK型住宅の理念と存在が破綻の危機に陥っていることを物語っている。逆の視点で考察するならば、ネットカフェは従来の住宅で背負いきれなくなった機能を補っているとも言える。

第4章 21世紀におけるライフスタイル論構築に向けて

以上、第1章、第2章、第3章を通してネットカフェを通した現象がきわめて象徴的に未来を示唆していることを述べた。本章では以上の展開を踏まえて21世紀におけるライフデザイン論構築に向けて以下に整理を試みたい。
都市流民的生活を送るネットカフェ難民は生活・空間装置の完全なるアウトソーシング生活を送る。ドライに述べるなら「家族から自由」で「土地から自由」な生活スタイルである。今後、増加の一途を辿るシングルの高齢者も「家族から自由」であり、これらの人々は必然的に介護・福祉などの生活の多くをアウトソーシングに期待することとなる。この抽象化はネットカフェ難民に限らず21世紀の人々に多くに見受けられることになる紛れもない事実であり、この前提を受け入れない限り21世紀のライフスタイル論は構築できない。また、若年層のライフスタイルの変化も考慮に入れると、従来の住宅のように、住宅内で生活を充足するスタイルを見直すことが必要である。そしてnLDK型の住宅は破綻寸前であることも考慮に入れるべきであろう。よって(1)21世紀のライフスタイルはネットカフェ難民のように都市に立地する諸施設を利用し、住宅内ではなく都市全体で生活を充足していくこと、となる。
また、上述した(1)の究極が個室のアウトソーシングであるが、ネットカフェではそれを現象的に示している。これはまた、nLDK型の住宅の破綻を示唆するものであるし、現代人の生活スタイルの変化も考慮すると、21世紀のライフスタイルには個室のアウトソーシングが必要であることを示している。よって(2)21世紀のライフスタイルには冷蔵庫や電子レンジそしてキッチンをコンビニにアウトソーシングするように個室もアウトソーシングできるような施設を設置すること、である。
続いて、ネットカフェのシステムを見てみよう。ネットカフェは一般的な喫茶店のようにコーヒーを売って利益を上げるシステムと違い、コーヒーは無料にして個室空間の利用を30分、1時間単位で課金していくことで利益をとる「個室空間の単位時間貸し」システムである。もう一つネットカフェの個室はホテルなどの個室と違い、バス・トイレといった生活を送るための機能を専有せず、まさに住宅の個室のようにパソコンやテレビ、ゲーム機やDVDプレイヤーそして寝ころぶことのできる必要最低限の機能と広さをもつことによって、誰でも気軽に利用できる低料金を可能にしている。この結果、ネットカフェは誰でも気軽に好きな時に行って思い思いの時間を過ごせることが可能となり、従来の住宅の機能を補い、社会的弱者おいては野宿に至らない為のセーフティーネットとなり得ている。よって(3)21世紀のライフスタイルには都市に単位時間貸しで必要最低限の機能・広さをもった個室空間を設置すること、が必要である。
以上、ネットカフェ現象を整理し、その現象から学ぶことによって上記の(1)(2)(3)の3項にわたる21世紀に向けてのライフスタイル論を構築した。このライフスタイル論はネットカフェを通した現象を考察・分析し、そして構築したゆえ「NET CAFE STYLE」と称したい。

第5章 NET CAFE STYLE
─21世紀における都市生活像をもとめて─

本章においては、「NET CAFE STYLE」並びに「建築」としてのネットカフェが、今後実社会においてどのような可能性をもつのかを、建築学や社会学、福祉の分野等で現在注目を集めている先進的事例と照らし合わせて考察してみたい。

事例1 コレクティブハウス「かんかん森」

東京都荒川区日暮里にあるコレクティブハウス「かんかん森」は、プライベートスペースを確保しつつ、リビングやキッチン等の共有空間や家事の一部をシェアする居住形態であり、住宅でも施設でもない次世代的な空間として注目を集めている。
「かんかん森」では、高齢者や子持ちの夫婦、シングルやシングルマザー等が共同居住することによって新しく緩やかな関係の「家族」が形成されている。この新しい「家族」は、例えば、単身の人が帰宅すると夕食ができていたり、働いている親の子供を共同居住している高齢者が世話をしたり、そしてそれがリタイア後の高齢者の生きがいや寂しさを低減するというような、新しい相互扶助の関係を可能としている。
この新しい関係の所在を住宅内から集合住宅内全体に置くことによって、「かんかん森」でのライフスタイルは、個室を基点に生活の機能や装置が集合住宅内へと拡散し、集合住宅内でのアウトソーシングが行われていると言える。しかし、「かんかん森」ではプライベート空間からセミパブリックな空間へ生活のアウトソーシングが行われてはいるが、その拡がりは未だ不十分であり、「NET CAFE STYLE」1項のように、もっと都市全体での関係性を考え、この施設を外部へ開かなければ、都市のある一部しか変化しないと考えられる。
また、コレクティブハウスは、企画から実施まで長い時間を有すること、そして新しい「家族」の形成には、一つ屋根の下で共同で暮らすという形態から人間関係への不安や維持の難しさがあるため、その居住者は特定の仲の良い人たちやこの「家族」観をよしとするような価値観を持った人に限られてしまう。以上の理由により、コレクティブハウスは、近い将来へ対応するためには一般的ではなく、やはり都市全体を変えるような力は弱いと考えられる。

事例2 「富山型」小規模多機能共生施設

次の事例は、3人の看護婦が勤めていた病院を退職し、平成5年に富山県富山市で「誰でも、必要なときに必要なだけ利用できるサービスを」をモットーに、民家を改修しスタートした施設である。この施設では、高齢者や障害者の介護、子供の世話など従来別々で行っていた機能が、ひとつの小さな民家の中で互いに関係を結んで機能していることから、「富山型」小規模多機能共生施設と呼ばれ、現在、富山県をはじめ全国的に注目され発展しつつある。
「かんかん森」では、従来の家族や家族観とは違った大きく緩やかな関係の家族ができてきているが、「富山型」ではさらに大きな家族が形成されている。地域の人々がいつでも気軽に利用でき、大げさに言えば地域全体が家族になる可能性を持っている。それは、「家族」という概念というより「都族(とぞく)」という新しい関係に置き換えたほうが適切かもしれない。そして、その「都族」とは、「NET CAFE STYLE」1項のように、意識的に、あるいは無意識的に都市全体で生活を充足する人々である。
「都族」の形成を可能にする「富山型」の利用システムは、ショートステイ、グループホーム等の宿泊サービスも提供しているが、通所つまりデイサービスが基本であり、ネットカフェと同様単位時間システムを採用している。一時間400円位が相場で、このシステムよってネットカフェのように誰でも好きなとき行くことができるので、高齢者や地域の人々の溜まり場となり、緊急時に子供や介護をしている高齢者等を看てもらえるテンポラリーな施設としても機能している。今後の社会や都市においてネットカフェおよび「富山型」のような施設の設置は、都市に暮らす人々にとって健全な暮らしを齎すのではないだろうか。
また、介護における単位時間システムは、「富山型」の職員や住宅で介護をしている人にとって「介護から離れる時間を得られるという確信」を持てることによって、情緒を保ち最大限の看護を行えるという利点がある。そして次の日もまた次の日も「都族」の良い関係が維持される。
「富山型」は、既存の住宅、つまり前章から否定してきた「nLDK型住宅」を改修し、施設として活用している。ここでは「施設としてのnLDK型住宅」をポジティブに評価したい。総務省によれば平成15年の日本全国の老年人口指数(15~64歳人口に対する65歳以上の人口比率)は28.4%、平成37年には48.0%になると予想され、高齢化対策には緊急性が必要である。また、低所得の高齢者が入所できる低価格の居住施設の不足や共同居住へのためらい、幼児から成人までの長い間子供を育て上げる過程で築き上げた親同士の関係や近隣との関係など地域への愛着から、65歳以上の高齢者の持ち家率は84%と非常に高く(平成18年版 高齢社会白書)高齢化対策にはどの地域でも簡単に適用できる汎用性のある施策も必要である。この点「nLDK型住宅」は良くも悪くも氾濫状態にあり、「施設としてのnLDK型住宅」が必要ならば既存の住宅を改修し、すぐに地域にビルトインでき、緊急性と汎用性も備えている。
また、「施設としてのnLDK型住宅」である「富山型」は、「NET CAFE STYLE」2項・3項のように都市にアウトソーシングできる「個室」を提供でき、その「個室」は単位時間貸しで必要最低限の機能・広さをもった「個室」空間といえる。高齢者施設に入所した場合、24時間かつトイレやキッチンなどが設置されている個室に暮らすため利用料金は当然高額となるが、そこまで常時介護が必要なく、テンポラリーな利用だけで良く、また、金銭的に余裕がある人は限られることを考慮すると、単位時間貸しで必要最低限の機能・広さをもった「個室」空間は多くの都市で必要であると考えられる。例えば、この「個室」に、一人暮らしの高齢者が持病の悪化により緊急的に入所したり、DV被害等で住む家を失った人たちやホームレスとなってしまった60歳代の女性を受け入れ社会復帰を視野に入れながら施設清掃のボランティアをしていた、といった事例などがあるという。つまり都市に「NET CAFE STYLE」論2項・3項のような単位時間貸しで必要最低限の機能・広さをもった安価な個室空間が存在することによって、高齢社会のみならず現在そして将来の様々な問題に対処できる。「施設としてのnLDK型住宅」の個室は以上の点において有効であると考えられる。
また、蒼然と聳え立つ高齢者施設より「施設としてのnLDK型住宅」のほうが、空間形態やデザインなど長年住んできた自分たちの住宅(多くはnLDK型であろう)との類似性もあり、それゆえ「富山型」のモットーである「誰でも気軽な利用」を促すためのアットホームなアイコンとして機能していると考えられる。

以上、「NET CAFE STYLE」という切り口から2つの先進的事例を考察し、「NET CAFE STYLE」の有効性を確認した。
ネットカフェ傾向が弱い「かんかん森」に代表されるコレクティブハウスは、これからの社会において、ある一定の部分においては有効であるが、日本という土壌では、緊急性や汎用性は低いのではないだろうか。一方、ネットカフェ傾向が非常に強い「富山型」は、日本の制度の変更をも促し、現在、急速に広がりつつある。
この「ネットカフェ」や「富山型」は所謂建築家が構想したものではなく、建築分野の視点からすると自然発生的にうまれたものである。しかし、「ネットカフェ」や「富山型」のように自然発生的に生まれてきた施設を建築家の視点から捉え直すことを通じて、「ネットカフェ」や「富山型」以上に新しくより良いプロトタイプを構想できると信じている。
「建築としてのネットカフェ」は社会を変える力をもっている、と強調したい。

参考文献
山本理顕「地域社会圏」(『新建築』2008年10月号、巻頭論文)
五十嵐太郎『現代建築に関する16章〈空間、時間、そして世界〉』(講談社現代新書、2006年)
Y-GSA(横浜国立大学大学院)『建築の新しさ、都市の未来』(彰国社、2008年)
審査委員コメント

これからの住まいの空間は、ネットカフェのスペースと「小規模多機能施設」があればよいという論の展開に、時代性の読み取りと独自の提案があり、評価できると思いました。難民と呼ばれる人たちの生活空間が、実はひとつのビルディングタイプに匹敵する21世紀の住まいの姿であるという観点は興味深いです。(山本理顕)