審査講評
古谷誠章(建築家/早稲田大学教授)
「夫婦+子供ふたり」という絵に描いたような家族像から離れて,年を重ねて大いに楽しく,それぞれに幸せな生活というものを思い描きたいと思う.課題はどれだけ豊かにその多様な生活に想像力を働かせられるかにあった.何しろ僕たち自身は既にそうした世代に差しかかっているが,応募者のほとんどはそれよりずっと若い世代と思われたからである.
最優秀の久曽神案は角部屋とはいえ設備の制約も多く難しい平面形の中に,「何もない」矩形を置いて,あっけなく互いに異なる四方の空間を繋いで見せた手腕はまったく見事である.限られた平面の中で,対角線状に見通すこの家で最も長い視線軸が取れるところがポイントで,かつての大きな田舎の家の持つ開放感を思い出させる.必要な時にだけ襖を閉ざせばよい.この場合にはそれが「田の字」型でなく,中央のボイドによって対角上の2室を有機的に結ぶことができる.時に開放的,時に気ままに過ごす自然な夫婦の姿が目に浮かぶ.
優秀案となった角田+井手+前田案も,普通なら従たる廊下空間に日の目を当てて,同じように多様な使われ方を想像させるものである.デザインにも鮮やかさがある.ただ,廊下に中心性を与えた分,本来の居室であるその他の諸室にしわ寄せがいった感が否めず損をしている.
佳作では奥田+那須案が,これら2作と同質の可変性を持たせようとするもので,より田の字の原型に近い.シンプルな分割とその中央を抜いて繋ぐところがミソで,そこに可能性を感じるのだが,時には閉ざしたいと思う時のアイデアがもうひとつほしかった.佳作のもう1点,土屋+工藤案も居住空間に意外性があって,たとえばホテルなどにこんなジュニア・スイートをつくってみたいなと思わせる魅力がある.もう少しフレームのモチーフを控えめにすれば空間は伸びやかになるはずだ.
光井純(建築家/ペリ クラーク ペリ アーキテクツ ジャパン代表)
アクティブシニアの住まいを考えた今回のコンペでは,日本の未来の住空間のあり方にとって非常に重要な提案が数多く見られた.世界の中でもとりわけ少子高齢化が進行している日本で,こうした検討がなされたことは大変意義深い.平均寿命世界一の日本のシニアたちが,充実感を持って人生を楽しめる空間は,実際これから世界中で求められるに違いない.そしてこのアクティブシニアの空間は,元気で独立心旺盛で豊かな人生経験を持った,まったく新しい社会階層の誕生に応える空間であり,21世紀的な新しい空間類型を生み出す可能性を秘めている.
最優秀の久曽神案はシニアたちが求めるフォーマルな空間,インフォーマルな空間を自在に変化させることのできる秀逸な案である.シンプルで使いやすそうな上に,生活のさまざまなシーンに対応できそうである.1回目の投票で全員の賛同を勝ち得た案である.実施に当たっては可動間仕切りのディテールや素材感についても十分に検討を行って,目の肥えたシニア世代に高い満足感を与える仕上げにしてほしいと思う.優秀案となった角田+井手+前田案は大きな廊下案も別のかたちでさまざまな生活シーンを生み出そうとしているが,やや強引さが残り,評価が分かれた.その他にたくさんの居場所のある水谷+渡邉案や中心で繋がる奥田+那須案,ぐるりカウンターの鈴井案など実に多種多様な空間のあり方が提案されていて,完成度という面で最優秀案には及ばなかったが,アイデアという視点ではどの案も優劣がつけ難く示唆に富んだ案が多かった.
今後,目の肥えたシニア世代のインテリアデザインへの需要はどんどん高まっていくと思われる.このような時代を迎えて,建築家は想像力を駆使して充実感と幸福をもたらす空間を社会に提供していくことが期待されている.
渡辺真理(建築家/法政大学教授)
第2次選考に残った9案は,それぞれがこの住戸の平面計画の異なる可能性を感じさせてくれる魅力を持っていると感じていたが,発表を聞いた後ではユニット中央に廊下を取る角田+井手+前田案,長いカウンターを中心に回遊性のある住まいを提案した鈴井案,ユニットの中央に可変性のある部屋を設けた久曽神案の3案に興味を引かれた.
角田+井手+前田案は幅2,000mm以上の「大きな廊下」が特徴となっている.前川國男が設計した「日本住宅公団晴海高層アパート」(本誌5902,計画案は本誌5701)の住戸も多目的な「廊下」が特徴となっていた.ただ,前川はそこを「食堂多用室」と呼んでいる.また多用室と各室との間は引き戸とし,開放的な住まいを実現しているのに対し,角田+井手+前田案ではセミプライベートではあるが廊下的な空間であることを超えられなかったのが惜しまれる.
鈴井案はユニット中央のワークスペースに可能性を感じたが,ローカウンター周囲に必要室を並べるという手法は70m2を1LDKで解いただけと言えなくもない.それなら各スペースにゆとりが生まれるのも当然である.しかし,住まいをワークスペースとして捉える発想には可能性があると思うので今後の展開を期待したい.
久曽神案に見られる「中央室」は,これまでのあまたの集合住宅平面にひとつの型を加えた点でも画期的であるが,引き戸を多用することにより可変的な住まいを提案しているところも「アクティブシニアの住まい」にふさわしいのではないかと思われた.前川國男の言う「多用室」の発展形はむしろこの案に見られるのかもしれない.ただし,引き戸の仕様,遮音性,空調機との取り合いなどこの案にはまだ課題も多い.実施案作成の段階でさまざまな検討を行い,そういった詳細や性能を満足していただくことをお願いしたい.
井上徹(三井不動産レジデンシャル取締役常務執行役員 開発事業本部長)
今年で第7回目を迎える当コンペは,われわれデベロッパーと建築家の新たな関係を見出すことで,新たな快適さを感じていただける「住まい」の創造を求め,新建築社と共催してまいりました.今回は,子育てが終わり,自分の時間を趣味などに有効に活用するアクティブシニアの方に向けた住まいをテーマといたしました.課題建物は,都心の利便性も持ちながらも高輪という住環境のよさも併せ持つ高層マンションの「パークタワー高輪」といたしました.
今回も多くの方にご応募いただきまして,大変喜ばしく思っております.この場をお借りしお礼申し上げます.今回のデザインコンペでは多くの若い建築家の皆様がアクティブシニアの住まいをデザインするという,実体験にはない未知の住まい方を創造するという難しさがあったかと思います.
しかし,アクティブシニアというターゲットを踏まえ,さまざまな用途に利用できるよう可動間仕切りにより空間として可変性を持たせたプランニングが多くありました.皆様の新しい住まい方,ライフスタイルの提案を数多くいただき,この住空間コンペデザインの奥深さを再認識させていただくことができました.
今回公開2次審査に進みました9作品についても,どれも素晴らしい提案でありながらも,三井住空間デザインに選出させていただきました久曽神案については,パブリックとプライベートという空間を可変させることで保ちながらも,居室性能としても十分確保していることから今回のテーマである,「アクティブシニアの都市住居をデザインする」という考えに当てはまったのではないかと思います.
今回については,「パークタワー高輪」にて住まいとして実現させていただきますが,今後も本コンペを通して,建築家の方々と共に,常に新たな時代に呼応する住まいと暮らしを提案してまいりたいと考えております.