主催:株式会社長谷工コーポレーション  後援:株式会社 新建築社

 

審査委員長 隈研吾

kuma

フランスで集合住宅を設計する際は,富裕層をターゲットにしたものでも,低所得者用の住戸を必ず入れなければならないという指導を,しばしば受けます.民間のプロジェクトでも同様です.必然的にまざりあいが起きるのですが,そこには貧富の差や人種などのクリティカルな問題があります.しかし,応募案を審査していると,いい意味でも悪い意味でも,日本人の中間層幻想というか,日本の現実を見せられた気がします.その中で1次審査を通過した4案は興味深い提案だったと思います.「電気の森,水道の川に住む」は,電気と水というインフラをシェアする集合住宅で,まざりあいの原点を感じました.「冷蔵庫コミュニティ」は,食やキッチンをノードにする提案が多い中,外周を通路にするという内外を逆転した大胆さに感心しました.「北風と太陽」は開閉機構を布などの軽い素材にすれば,さらに開放的になるのではないかと思います.「結びの羽衣」は洗濯という行為からまざりあいを提案していますが,洗濯物の干し方は集合住宅における大きなテーマで,高級マンションでは洗濯物を外部に見せません.ここにも階層や貧富の差などが隠れているので,実際のシビアな問題を意識すれば,もっと面白い案になったのではないかと思います.

 

審査委員 乾久美子

inui

課題は「まざりあう集合住宅」です.過去にもまざることを目指したテーマは度々ありましたが,「多世代,多国籍で生まれ変わる集合住宅」などの方向性を限定させる文言が含まれていました.対して,今回はそうした制約をはずしたので,さまざまな案が出てきたという印象でした.1次審査通過4組はふたつの方向に分けられると思います.「冷蔵庫コミュニティ」と「結びの羽衣」は冷蔵庫や洗濯といったプライベートなものを資源として共有する提案で,「北風と太陽」と「電気の森,水道の川に住む」は自然や公共のインフラを資源にしたものです.その中で,「電気の森,水道の川に住む」は,都市に張り巡らされている公共インフラを,敷地内ではコモンズとして位置付けるという設定が突出していました.資源は無尽蔵ではないものだし,コモンズや惣有という法的に位置付けの難しい設定なので,審査会は難航しましたが,質疑応答の中で,住民同士が話し合い自ずと資源を運営管理するのではないかという回答があり,コモンズとしての可能性を見据えた意識的な提案だと思いました.それが「まざりあう集合住宅」にふさわしいと感じたのと,さまざまな意味で物議を醸し出す内容で,最優秀にふさわしいのではないかと思いました.今回,伊藤先生にご参加いただき,リアルな暮らしや生活の視点が議論されたことで,設計というものを改めて考えさせられる貴重な機会にもなりました.

 

審査委員 藤本壮介

fujimoto

4組のプレゼンを聞いて,まざりあおうとすると,人間の生活が原始に遡るような気がしました.食や洗濯に対する原始性や,インフラの案も文明以前と文明以後の境のような,人間の本性を暴き出しにしている提案に思えます.「電気の森,水道の川に住む」には,人間がサバイバルを始める力強さがあり,最初は資源の奪い合いかもしれませんが,同時に弱者に対して分かち合ったり共有したりするなど,人間性を喚起するエネルギーがあると思います.また,現代にたとえると,少し前の空港ではコンセントの場所が限られていて,そこに人が集まり,延長コードを持っている人が勝手にみんなに電気を供給して,奇妙なコミュニティを生んでいるような,ドライでフラットに供給されるインフラに人間的な濃淡が生まれることに近い感じがします.「冷蔵庫コミュニティ」は,まざりあいが鮮明に表れているのですが,まざりあい方が限定されて小さなストーリーに見えてしまうのが残念でした.「結びの羽衣」と「北風と太陽」は,二重三重のまざりあいが不思議な世界を生んでいてとても面白かったです.佳作では「溶け出すからだ,混ざり合う生活」,「交差点で巡りあう」,「街の食道」が印象に残りました.

 

 

審査委員 堀井規男

ikegami

審査を通して,今回のテーマである「まざりあう」という意味をみなさんが幅広く受け止めていると思いました.「冷蔵庫コミュニティ」と「結びの羽衣」は,パーソナルな興味を通じたコミュニケーションやまざりあいの提案で,「北風と太陽」は,まざりあいの仕掛けづくりに工夫があり,興味深くプレゼンテーションを聞きました.「電気の森,水道の川に住む」は,現代の生活から見ると不便を強いているような気がして,資源を求めて移動するモチベーションが気になりましたが,コミュニケーションやまざりあいが起きづらい世界では,これくらいのインパクトが必要なのかもしれません.現在はSNSなどのバーチャルな繋がりや,インターネット上でアバターを用いて交流するメタバースが盛んである一方,リアルな交流が少なくなっています.建築に携わっている一員として,実際のコミュニケーションを誘発する仕掛けをつくることが,これからも大切であることを改めて感じましたし,多くの方からいただいたアイデアを参考に,人びとが集まって暮らすという意味をもう一度考えて,集合住宅の可能性を広げていきたいと思います.

 

ゲスト審査委員 伊藤亜紗

ikegami

「まざりあう」ことは,それまで秘密にしていたことを共有したり中間領域に引っ張り出すことで,嫌なことや隠したいといったネガティブな感情がそこにあります.つまり,まざりあうことが当然のことだと思ってほしくないのと同時に,その感情を丁寧に引き受けて,価値あることにつなげることができるかに注目して審査しました.「結びの羽衣」は洗濯物が広がって美しい風景になっていますが,視覚に障害がある人はどう感じるのか考えました.逆に「冷蔵庫コミュニティ」は裸足のパブリック空間が展開されて,視覚に頼らない視点が含まれています.この2案は,有限の資源である食料や衣服を全員で共同管理するところにまざりあいが生まれるのではないかと思いました.「電気の森,水道の川に住む」は,資源へのアクセスが貧富の差に直結している世界的な状況を置き去りにしている感じがしました.私は障害を通して人間の身体のあり方を研究していて,障害のある方の創意工夫した生活をいろいろ見ています.こういった生活の視点やみんなと一緒に建築はつくられるということを忘れずに,これからも設計に取り組んでもらいたいと思います.