主催:株式会社長谷工コーポレーション  後援:株式会社 新建築社

 

審査委員長 隈研吾

kuma

建築における「循環」は,メタボリズム運動によって世界中で議論されたテーマのひとつです.当時はユニット化した建築パーツを更新していくといったある種の暴力的ともいえる概念が世界から高い評価を受けました.一方で,更新されずに取り壊されていく現実も目の当たりにしている今,もう一度「循環」をテーマにしました.応募案は大きくふたつの方向性に分かれました.ひとつは,「木の環に棲まう」や「“蛇口をひねる”からはじまる環の波紋」に代表されるような土や木,水などの自然素材の振る舞いに着想を得たアプローチ,もうひとつは「地図をかく家」や「ムダ使いアパートメント」のように人の営みを循環として捉えたアプローチです.最優秀賞の「地図をかく家」は地図を描くと同時にそれが図面となり,人びとが集まって住むまちのような風景を生み出す提案でした.レールの必要性については審査委員でも賛否が分かれましたが,その多様な使われ方が循環を生み出すのだという主張には説得力がありました.同じアプローチの「ムダ使いアパートメント」は,応募時の魅力的なイラストに加えて公開審査では経済性の分析まで踏み込んでおり,新しい提案のあり方を示していました.

 

審査委員 乾久美子

inui

「循環」は建築のテーマとして歴史もあり,近年では環境のコンセプトとしても語られる機会が増えています.過去に参照できる議論は蓄積されていますが,学生世代へ改めて「循環」を考えてもらったところ,従来の枠組みを越えるような新しい発想が集まりました.特に,人工的な都市環境を第二の自然として読み替えて,循環や集合住宅を考えることに,多くの人が可能性を感じていることが浮き彫りになりました.「地図をかく家」と「ムダ使いアパートメント」はまさに住宅地(第二の自然)の循環に踏み込んでいる点でどちらも秀逸でした.「地図をかく家」は,人が集まって住むことの魅力を丁寧に読み解き,地図を書く行為と繋げて提案した意欲作です.生活の断片から情景が移ろうという提案や,そのためにはレールくらい強い装置が必要だという主張に共感しました.都市の自然環境の循環は,まさにわたしたち建築家が常に考えていくべきテーマだと思います.今回のコンペを通して導かれた循環への新しい視点は,これからの建築を切り開いていく手がかりになると感じました.

 

審査委員 藤本壮介

fujimoto

従来の住まいは個人の暮らしが快適であることを大事にしてきました.そこに他者も入れた大きな「循環」を考えると,個と集合の間で整合が取れず設計のジレンマを抱えることが少なくありません.今回はそこで発生する,ある種の不自由さや不便さを豊かさへと転換しようという試みが多く寄せられました.「“蛇口をひねる”からはじまる環の波紋」の傾斜した床は,フラットにした方が個の生活は快適です.しかしあえて斜面とすることで,自然や他者との循環を可視化して不便さ以上の満足を引き出そうとしていました.「木の環に棲まう」もこれほど複雑に積層する必要があるのか疑問は残りますが,そこに違う価値観を持ち込もうとしているのだと思いました.「地図をかく家」と「ムダ使いアパートメント」は暮らしのなかで住まい手が循環を実感できることを重視しています.完成形を示すのではなく,変化を生み出すことを建築的に解いている点も高く評価しました.建築は,家具ひとつから大きな都市まですべてのスケールを横断して提案できる分野です.そしてそれぞれのスケールで循環を生み出していくことが,これからの建築を考えていくヒントになるのだと感じます.

 

 

審査委員 布施谷成司

ikegami

「循環」は現在社会が抱えるさまざまな課題を解決する新たな投げかけです.集合住宅をつくる上で重要なテーマになっている一方,明確な答えも見い出せていないように感じています.そうしたなか,みなさんに寄せて頂いた提案には循環への多様なアプローチがあり,集合住宅を考える上で,原点に立ち返るきっかけとなりました.特に目を引いたのは,コミュニケーションやコミュニティなど,人との関係性に着目した提案が多く集まった点です.住まい手が他者との関係の中に,新しい循環を取り入れるアプローチが新鮮でした.それは,ZEH(ゼロ・エネルギー・ハウス)をはじめとした指標では測りきれない,集合住宅らしい環境への姿勢にもなっていると思います.「木の環に棲まう」「“蛇口をひねる”から始まる環の波紋」は素材の特性から,また,「地図をかく家」「ムダ使いアパートメント」人びとの暮らしの継続から循環を生み出しています.いずれも,これからの暮らしの価値を再定義し,継続することに着目されており,集合住宅のあるべき姿について議論していただけたと思います.

 

ゲスト審査委員 宮田裕章

ikegami

集合住宅は効率的に集まって住み,都市の生産性を高める産業化社会の象徴です.その形式はある程度完成しているものの,個々の暮らしや価値観は時代とともに変わり続けています.形式に風穴をあけるような起爆剤を求めたテーマであったと思います.カーボンニュートラルの達成もきっかけにはなるかもしれません.しかし定量的な基準では測りきれない個人の感性から,これからの集合住宅を考えることもできるのだと思います.受賞した応募案は,まさに多様な個が繋がりあうこと,そして個の違いを補うことで新たな豊かさを追求することの大切さを提案していました.住まい手が日々の生活のなかで能動的に身の回りの小さなことを積み重ねていくことが,大きな変化を生み出すのだと思います.「地図をかく家」はレールによって余白をつくり出し,そこに多様な人の暮らしや振る舞いが表れるという提案で,美しい情景が浮かびました.「ムダ使いアパートメント」は無駄な空間が住まい手の想像力を引き出すというアイデアで,経済性まで踏み込んだ内容に評価が集まりました.いずれも単に個を繋げるのではなく時間軸の中で循環する建築を考えている点に共感しました.